現実の自分を認める
他人と関わるのが怖いと言うあなた。誰もあなたを取って食べたりしません。そうあなたは他人が怖いのではなく、他人が自分をどう見ているかが不安なのです。自分がどう評価されているかが気になり、自分は他人の期待を裏切っていないかが気になり、自分は他人が望む完璧を演じられないと気になり、駄目な自分をさらけ出すのが惨めになる。そこで考えてみましょう。
あなたの瞳はあなたの視線ではなくなっています。あなたの瞳は他人の瞳となり、あなたを見つめているようですね。そして理想の自分を他人の視線で幻想しています。幻想の自分と現実の自分の違いを受け入れることを拒否し、幻想の自分を演じることだけにエネルギーを使って、疲れ果ててしまいます。
ここでひとつ、白雪姫の話に出てくる義母をご存知ですね。「鏡よ。鏡。この世で一番美しい人は誰?」と毎日尋ねます。「それはあなたです」との言葉を聴くと安心します。
鏡というものは ギリシャ神話のナルシスの話でも出てきますね。理想の自分を高く掲げることは素晴らしいことです。しかし、現実の自分をまず捉えてからの理想ですね。白雪姫の義母は実の母親だという説もありますが、現実の自分を認めず、誇大な理想の自分を鏡を通して確認し安心を得ています。
鏡にしろ他人にしろ、自分というものが分からないので、それらの視線で自分の存在を確認して生きているのです。いいえ、生きているのではなく、生かされているのでしょう。偽りの自己で生かされているのでしょう。
では、ここで、その鏡を割ってしまいましょう。思い切って壊しちゃいましょう。そして瞳を閉じて、自分のことを見て下さい。
こんな失敗をした。次に、これをしたい。そして、これはできない。最後に、これならできる。
現実の自分を認めることです。見えるまま、感じるまま、自分ってこうなんだ、と認めることです。それがあるがままの自分です。
他人の評価がなくても、自分の存在が実感できるようになります。同時に他人の評価は、参考書程度に考えて下さい。
