人格が形成されます
日々の生活の中で、何気なく行動していることが、かなり多くあります。これを「エス」と呼び、人それぞれの生きる力の貯蔵庫となり、それぞれの意志の源泉ともいえるでしょう。この「エス」は、非現実的な世界で満足を得る天真爛漫な存在ですが、人は上手に抑圧し、昇華し精神的活動に利用しているのですね。個性が発揮される「自我」は、知覚や言語活動の形で表現されます。前述の「エス」が現実とぶつかり妥協するところで生じるのがこれですね。人格を環境に順応させるいわゆる「エス」の舵取りのような役割りを「自我」がしています。自制心がゆっくり確立すると、「エス」のエネルギーを昇華させていきますね。この昇華は、人格の統一性には欠かせないエネルギーとなり、自我は、内的要求と外的要求を調整する機関ともいえます。そして、いろいろな経験を重ね、身近な両親との関係で、「超自我」が生じます。簡単にいいますと、教育やしつけを結晶化したものであり、調和のとれた、理解に富んだ教育は、意志の評価により、コントロールされて人格が形成されますね。素晴らしいですね。人間って素晴らしいと感じます。ゆっくり形成された自分の人格を、ゆっくり大切に思い、ゆっくりまた成長させていくことができる人間。素晴らしい階段を、素晴らしいあなたが上がっていく姿は、何よりも美しく、何よりも誇らしく感じます。大事にしたいですね。この階段と幼き日の遊び。
また、素晴らしい人間の心は、繊細にできています。幼きころの説明がされない抑圧は、不当と感じ、罪悪感が生じるも攻撃性も高まってしまいます。繊細な心の中で、このもろもろの攻撃性も抑圧しようと葛藤が生じますね。退行現象もその表われです。心の中で抑圧された意識されない感情を、コンプレックスといいますが、 意識すると不安を感じるために、自分で遠ざけようとします。もちろん、これは人間の正常な現象ですが、いつまでも無意識な逃避態度を続けていると、人生の階段を正視できなくなります。ゆっくりと、自分の中の自然さと社会や道徳との葛藤を理解し認めると、すべてが克服されます。ほら、笑顔で遊んだ日を思い出してくださいね。ゆっくりもろもろの葛藤と一つずつ向き合って、一緒に階段を上がってみることですね。ここで、自分を憎むより、自分を知ることの大切さが重要であること学んでいくのですね。遠ざけるより、一緒に行動をしてみることで、新しい発見があります。一つずつ説明をすると、納得できる大人の自分がいます。自分が自分であることに喜びが生じ、「エス」「自我」「超自我」のバランスが保たれて、自分らしさに自信が芽生えるのですよ。
